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東栄町へのIターンは、我が家にとって幸運の連続だった! これまでをふり返ってそう語る、白井さんの移住から3年目の今

  • 投稿者 :  aichi-kouryu
  • 投稿日時: 2021年11月12日 15:59
  • (565 ヒット)

忙しい仕事と育児に追われ、あっという間に一日が終わってしまう都会での生活。これから先の家族での暮らしを考えた妻は、夫に「田舎へ移住しよう!」と提案する。
家族で移り住んだ東栄町で得たものは、自身にとって未経験から始めた仕事と、暖かい周りの人たち。そして、豊かな自然にいろどられる毎日の暮らしだった。
Iターン移住して3年目の今、自分たちが歩んで来た道が「幸運でした!」と語る彼の、ここに至るまでの道筋を聞いてみた。



愛知県北設楽郡東栄町。高い木の梢から覗く空には、夏の青が残るものの、木々の間を渡る風には秋の涼やかさが少しだけ含まれる季節となった。























地図を片手に、山林の持ち主と境界線の確認をしているのは白井秀明さん。2019年に妻の美里さんと共に家族で東栄町に移住し、東栄町森林組合の造林部に従事している。

























田舎の農家の長男坊に生まれた幼少時代から、福祉の職に就くまで

豊橋市の農家の長男として生まれた。新城との境に近い地区で、まわりは柿畑ばかりという田舎の環境で育った。

「小学生時代から真面目で、学校の先生からも気が利くいい子だといわれていました。先頭に立つタイプではないので、学級委員などはしませんでしたが、手のかからない子どもだったと思います」

小さい頃から優しくて、人の気持ちに心を向けることができる。そんな彼は、豊橋の高校を経て愛知県内の福祉系の大学を進路に選ぶ。専攻したのは心理学。そしてその傍らでは、社会福祉についても勉強を重ねていった。
卒業後は大学での勉強が活かせる仕事ということで、NPO系の障害者支援の仕事を選んで就職した。

「自分が担当していたのは、重度の知的障害者を幅広く受け入れている事業所でした。身体介護がある忙しい部署に従事していましたが、その忙しさの合間を縫って、必要な資格を取るために夜間の学校にも1年間通いました」

また、この職場で出会った妻との間に子どもが生まれ、共働きでの育児という新たな役割も加わった。
体力も精神力も疲弊するような忙しい福祉の現場。新しい試みをどんどん取り入れるなど、ベンチャー企業の様な側面も併せ持つ職場であった。タイトな時間の間を縫って、毎回滑りこみでの子どもの送り迎え。時間的にも体力的にもぎりぎりの毎日だ。管理職まで昇級し、上司からの期待や重圧も背中に感じながらの8年間だった。

「妻と子どもとの生活なので、楽しい事もありましたが、なんにせよ忙しすぎました。頑張りすぎてしまったんですね。気が付けば心身共に疲れ切っていました」
























ちょっとした休憩のつもりで取得した育児休暇が、その後の人生を変える転機に

「その頃、2人目の子どもが産まれるタイミングで、育児休暇を取ることにしたんです。パパママ育休プラスなどの制度も利用しましたね。夫婦で休暇を分け合いながらも、自分が少し長めに休める様な状態をとりました」

妻の気持ちの中には、忙しい夫を少し休ませてあげようという気持ちがあったという。
育児休暇もあと残すところ6か月というところで、妻から「田舎に移住しようか!」という提案が夫に持ち掛けられる。これまでの忙し過ぎる夫婦の生活をふり返り、また、これから先の家族での幸せな生活を鑑みての妻からの提案だった。
「育児休暇が明けたら仕事に戻るんだ」と必然的に思っていた白井さん。その提案に驚きながらも、夫の心と体を思い、更には家族の事を考えての妻の想いを受け入れる事となる。

「夫が、幼少の頃に住んでいた田舎の様なところの方が、夫にとっても家族にとっても、暮らしていくのに良いだろうと妻は思ったのではないか」

当時をふり返って白井さんは言う。


























移住へ向けての準備

「さて、どこに住もうか?となった時、妻も愛知県の出身なので、とりあえずは県内がいいという話になりました。ところが、妻にはどんな場所があるかの地理感が全くないんです。そこで、新城か北設楽郡のあたりが山奥でいいんじゃないか?と自分が提案しました」

夫婦で各地域に問い合わせをしたり、情報を調べたり、具体的な候補をいくつかあげていくうちに、東栄町が有力な候補にあがってきた。子どもがいる家庭には、高校進学を考えた時に、電車が止まる駅があるという事は、かなりポイントが高かったのだ。

「実際に訪れてみると、移住支援担当の職員の方の印象はもちろん、東栄町の役場の方々の対応がとても良かったので、地域にある空き家を見学することになりました。川のそばに住みたいという妻の希望を前提に、いくつか見せてもらう中に今の家がありました。すぐ目の前が川なので理想通りだったのですが、持ち主が販売希望ということだったので少し考える事に。自分たちは資金も少なくて賃貸が希望だったので。」

「住む場所を考えると同時に、働き方も一緒に模索しはじめました。自分の想像の中では『東栄町で働くとしたら、地域の特色ある仕事にたずさわりたいと思い、林業か、セリサイト発掘の三信鉱工か』という漠然とした想像がありましたので、まず森林組合を見学したり、また後日に開催されるガイダンスにも出席する予定でした」

ガイダンスとは、定期的に各地で開催されている『森林の仕事エリアガイダンス』の事。新たな林業の担い手の確保・育成を目的に、森林・林業に関心を持つ方や就業を考えている方を対象に実施する説明・相談会の事である。

「ガイダンスに行ってみたところ、東栄町の森林組合には『来る者拒まず』のウェルカムな雰囲気を感じ、作業の現場も見学させてもらいました」「森林組合の仕事には、現場作業員と事務職員の二つの仕事があることをその時に知りました。現場作業員は実際に木を切るなどの現場での作業をする仕事。事務職員は、測量や補助金の申請などの事務方を担当する仕事です」「東栄町では、事務職員はもともと地元に住んでいる人が就業していて、移住者は現場作業員の仕事に就くという事が慣例になっていました。なので、自分も現場作業員になるのだろうと漠然と思っていました」


































ところが、その後面接を受けた時点で「現在は事務職員の方が足りていないので、事務職員の仕事はどうだ?」という朗報が白井さんにもたらされるのである。現場作業員の仕事は体力仕事である。その点において、自分でも不安に思っていたところであるので、これは願ってもない話だ。
今までに、東栄町生まれの人だけが就いていた仕事である、というのが懸念ではあったが、妻の希望もあり事務職員として森林組合に入職することが決定した。

「妻の中では、事務職員の仕事は時間的な面で安定している、という気持ちがあったのだと思います。事務職員の仕事は、定時で帰れる事が多く、基本的には土日祝日は休み。保育園児がいる我が家にはありがたい話です。また勤務の見通しもつきやすく、予定も立てやすいので、家庭を一番に考えると事務職員の仕事をお受けするのが良いのでは?という話になりました」

また同じころに資金の都合がつき、希望していた川の近くの家も購入の運びとなる。
白井家にとっての移住が本格的にスタートすることになった。


田舎での生活と周りの人とのかかわり

「自分が移住した地域は、東栄町でも特に子どもがいない地区なので、小さな子どもづれの我が家はとても歓迎されました。子ども達も、地区の人たちによく可愛がってもらっています。家についても、賃貸ではなく購入になったことで定住という形になり、地区の人にも喜んでもらえている雰囲気を感じます」

「移住する前のイメージでは、もしかしたら新参者は仲良くしてもらえないんじゃないか?肩身の狭い思いをするんじゃないか?という様な不安もありました。ところが、いざ移住してみたら『ようこそこの地区へ!』の暖かい空気が満ちていて、とても居心地よく有難さを感じました」

白井さん家族が移住した場所は、高齢者が多く、東栄町の中でも人口が一番少ない地区だ。軒数は20軒ほど。もちろん組長や会計の役職も回ってくる。現に、今は組長の仕事を担当している。月に1回の組長会への出席、年に2回の草刈りと、年に3回の神社のお祭り。
田舎出身の彼にとって、そういった付き合いでの助け合いは、当たり前の範疇である。自分の中では、そんなに大変に思った事はないのだそうだ。
地区により、その忙しさには違いがあるかと思う。しかし、東栄町はその点については、移住歓迎のスタイルなので、移住者にはそれほど強要はしていないというのが白井さんの考えだ。
























森林組合での仕事

白井さんに、担当している仕事について聞いてみた。

「森林組合の事務職員の仕事には造林部と山林部の担当があり、自分は造林部の仕事をしています。間伐して山を作る仕事がメインになります。仕事内容としては、山の境界の立会や山の測量。また、測量した範囲にどれくらいの木が生えているかの調査。そして、個人で所有の山の、補助金の申請の書類の作成や、調査の写真の撮影などがありますね」
























林業についてそんなに詳しい訳ではなく、漠然と杉や桧を切っているんだなというイメージしかなかったという白井さん。生活の糧の選択肢の一つとして選んだ森林組合の仕事。そんな彼が山での仕事を始めて、今現在で3年目となる。何もわからずのスタートから、仕事が一巡して周りが見え始めた頃だ。自分で選んで事務職員の仕事に就いた彼だが、木を切る方の仕事もしてみたいと思ったりはするのだろうか。

「木を切る仕事もしてみたいとは思いますが、事務職員から現場作業員になった人は聞いたことがありません」























「ただ、入職してから林業についての勉強もしましたし、色々と調べていく中で『※自伐型林業』などというものがあるのも知りました」
(※山林所有者が自ら所有する山に入って、木材などを切り出し収入を得る林業の形。人任せにせず自ら管理をする持続、自営型の林業)

「自分が買った家にも山が付いていたので、そういう事もゆくゆくやれたらいいなと興味を持ち始めたところです。まだ子どもが小さいので、いますぐという訳にはいきませんけど」


一方で白井さんに移住を勧めた妻の美里さんは、ともに引っ越してきた田舎で、どんな日々を送っているのか

「引っ越した当初は専業主婦として、梅干しづくりやジャムづくりなど、移住生活を楽しんでいたみたいです。ところが、彼女はガンガンと仕事をするタイプの人で、大人しく家庭で過ごしている人じゃない。今までの経験を生かして、地元のグループホームで介護の仕事を始めるも、パートでの仕事に物足りなさを感じる様になり、移住前から経験のあったクラウドソーシングでの仕事も並行して始めました」

そうするうちに、広告動画のディレクションの仕事が美里さんに舞い込み、収入も忙しさも右肩上がりとなっていく。もともと以前の職場でも、プロデュースやマネジメント的な仕事が多かった彼女。その才能を発揮してきた事が今の仕事にも通じているのだろう。

そんな2人が、子どもと共に暮らす家は、築100年の民家を20年ほど前にリフォームした物件で、見た目は新しく広々としている。乾燥機付洗濯機や自動掃除機、そして食器洗い機などがフル装備され、共働きで子育てをする2人の手助けとなっている。食料品の買い物は1か月に1回。カート2台分の買い物を受け止める為に、大きな冷凍庫も完備した。

5歳と3歳の子どもたちは、新しく広い保育園に通い、夏は家の前の川で水遊びをする。保育園が近くになり、子どもがのんびりとできる時間が増えて、生活のリズムが変わった。一か月に一回は熱を出し、保育園を休んでいた以前と比べ、体も丈夫になり病院に行くことも無くなった。























(写真:白井さん提供)

今では狩猟の免許も取得し、有害駆除で動物を捕獲するとともに、その命をいただく事で子どもたちに命の重みを教える事さえできるのだ。都会で忙しすぎる暮らしをしていた頃と比べると、生活も気持ちもとてつもなく楽になり、夫婦とも好きな事が出来ている。子どもたちも元気いっぱいに暮らしている。まわりからも「こんなに移住を楽しんでいる人は、今までに見た事がない!」と、いわれるくらいだ。楽しい生活を送る事ができていると、自分でも思う様になった。


重なる幸運に導かれてここまで来られたという思い

「自分たちの移住については、本当に運が良かった!という思いがすごくあります!」

妻の、忙しい夫を何とか解き放ってあげたいという移住への願い。その妻の想いを受け入れた夫が、家族での移住を模索し始めたタイミング。移住希望の家族に対して、優しく嬉しい対応を見せてくれた東栄町の人たち。まさに今!のタイミングで夫婦それぞれの元に舞い降りてきた、希望に見合う仕事。ここに住んでみたいと思わせる条件のいい住まい。自分のライフスタイルで対応できる範疇での地区との付き合い。
その様な、運のいい事が少しずつ繋がることで、今のこの幸せな場所まで、彼がたどり着けたというのは確かにあると思う。
ただ、その個々については、何気ない事柄にすぎないのではないだろうか。その何気ない事柄に感謝して、一つ一つ誠実な対応をくりかえしてきた彼だからこそ、それを、運のいい事として自分たちの幸せに落とし込む事が出来たのではないか。
































運が良かったというエピソードを、嬉しそうな笑顔でニコニコと話す白井さんの顔を見ながらそんな事を思う。
話を聞き終わる頃には日差しが西に傾いて、林の中にはヒグラシの声が響きわたっていた。
東栄町の夏はもう終わりを迎えようとしている。

(写真・文  中島かおる)






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